星を見つつ歌いつつ!(詩編103:1) [Short Story] [編集]
「わがたましいよ。主をほめたたえよ。私のうちにあるすべてのものよ。聖なる御名をほめたたえよ。わがたましいよ。主をほめたたえよ。主の良くしてくださったことを何一つ忘れるな。」(詩篇103:1)
小さい時の思い出を思い出しました・・・たぶん小学3年生だったと思います。・・・「信一。いいかぁ~。父ちゃん手を離すぞ!がんばれよ。大丈夫、お前は絶対に乗れるからな~!」後ろで父が叫んでます。 貸し自転車屋さんから借りた大人の自転車に、もうちょっとで乗れるというので、珍しく、会社の引けた父が乗り方のコツを教えてくれました。出発する前、父はずっと後ろで支えてくれてました。手を放す寸前、父はそう言いました。両手に力がはいります。ゴー!わお~乗れてる!一人でこいでる!なんという自由な気分!
みなさんもきっと自転車乗れるようなった頃、同じような快感を経験したことだと思います。はじめて乗れた爽快感・・・が、すぐ前方に、ちょうど嫌なサイズの石ころを発見します。心が言います。「あっちへ行っちゃあダメだダメだ。危ない。」そう思えば思うほど、不思議なことにハンドルがそっちにきられるのです。まるで磁石のように吸い寄せられたよう。そして最後・・・ガッシャーン!自転車乗りの鉄則は決して手前の石ころなど見ないことなんだそうです。
さて、聖書の中でイエス様は「今日を生きるように」と、教えています。「あすのことはあすが心配します。労苦はその日その日に、十分あります。」(マタイ6:34b) 私たちも小さい頃、自転車に乗れるようになった頃と同じような過ちをくり返します。今日を生きれば良いのに、目の前の嫌な石ころを見ているのです。つまり明日の労苦です。今日の労苦だけ見ていなさいってイエスさまはおっしゃいます。ましてや過去などです!
ここで気をつけていたいことがあります。イエスさまはここで、私たちから「労苦」が消えるとは言っておらないのです。
むしろ労苦は確実にあるのです。その日その日の労苦が。でもその労苦から逃げないで、主にゆだねて歩む。そして明日も明後日もそのように歩む・・・そうやって日々を重ねふと目を上げると、そこは何と天の入り口のゲートです。今日一日一日を、主と共に生きるということこそ究極的喜びに至る歩みだってことなんですね。
藤四郎の自転車乗りではありませんが、自分の足もとの石ころばかり見てちゃあダメです。もしも足もとにゴロゴロ転がっている「労苦」という石ころばかりに目が行ってしまいそうになったら、その時は、ぱっと夜空の星を見上げてみましょう!あれって、これまでの人生で、日々主と共に歩んできた恵みの数のあかしなんです。だから旧約聖書の詩人はこう歌っています・・・「わがたましいよ。主をほめたたえよ。私のうちにあるすべてのものよ。聖なる御名をほめたたえよ。わがたましいよ。主をほめたたえよ。主の良くしてくださったことを何一つ忘れるな。」愛する皆さん、目先の労苦という石ころでなく、夜空の恵みを数えつつ、今日だけの労苦を主と共に歩みましょう!さあ、今日も歌いつつ歩まんです!信一
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コンテンポラリー礼拝を目ざして!
2011年のボランテイア活動をふりかえって
このクリスマス会には気仙沼の二つの施設の子どもたちを招待する事ができました。 ひとつは「旭ヶ丘学園」の子どもたち。様々な事情で親元を離れて生活しています。被災時は、やっとの思いで帰宅した子どもたちと、帰宅できない職員の方々、そして家が倒壊した周辺のみなさんと孤立しながらも数日間、食料を分けあってしのぎあった施設です。小学生から18歳までの子どもたちが生活しています。
もうひとつは、「キッズルームおひさま」。南気仙沼幼稚園は津波で流れました。そして園児や職員に親しまれていた、園長先生も流されて亡くなられました。幼稚園は閉鎖を余儀なくされましたが、この園を愛し、また預ける先に困っている親御さんからの希望もあって、残された先生たちで、倉庫を改装して託児施設を始めました。それが「キッズルームおひさま」です。 この2つの施設のみなさん、そして近隣の仮設住宅のみなさんと楽しいクリスマスのひと時を過ごす事ができました。

プログラムは各教会の中高生によるダンスやゲーム、クリスマスの歌をみなさんで歌い、途中から子どもたちは別室でスライドを見て、歌などを歌いました。高座教会の中学~大学生5人も奉仕に加わって、10代から70代の広い世代が奉仕に参加する事ができました。
来場した200人を超える被災地の方々に、嶺岸牧師を通して福音が伝えられました。高座教会の皆さんが焼いて下さったパウンドケーキを食べて頂き、手編みのマフラー、プレゼントボックスを差し上げる事ができました。手編みのマフラーはブラジルからも届き、目標でした200本を超えて約250本!が集まり、プレゼントボックスも300個以上集められました。 皆さまの祈りによって、主の導きによって、被災地でクリスマスを祝う事ができました。心より感謝申し上げます。
日時:2011年12月10日(土曜) 気仙沼市民会館(中ホール) 主催:気仙沼第一聖書バプテスト教会
来場:大人約200名 子ども約50名/奉仕スタッフ:120名/奉仕団体:高座教会・スペイン語礼拝・ブラジル人集会・フリーメソジスト教会(福井県・愛知県・秦野市・横浜追浜)・サマリタンズパース
2011年夏の一番の思い出
あらためて神の家族は世界中にあっても一つなんだってこと再確認した。"ONENESS" この実感がボクの人生でに最高の宝物となった。これからまだ論文があるが、この"ONENESS"の思いが、きっとエネルギーになるものだと思う!
スペイン語集会/シルビア牧師からのメール
今、世界中でたくさんの方々が、この愛する日本のために祈ってくださっています。「なぜあなた方は外国人なのに震災のボランティアをやるのですか?」とたくさんの方に質問されます。地震や津波、放射線で怖くなって母国に戻った外国人がたくさんいるということを聞き、私たちはひどく胸を痛めました。今その人たちの分まで頑張り、お世話になった日本のために何かを、と祈るばかりでした。また東北では、愛する人を失った、家を失った、仕事を失った方々がいます。私たちスペイン語礼拝の集会がすべてを失ったとき、高座教会の兄弟姉妹の皆さんは、礼拝堂、お祈りとサポート、慰め、何よりも神さまの深い愛・・・数え切れないほどのたくさんの恵みをくださいました。ですから、私たちがたくさんの恵みをいただいたように、私たちも神さまの恵みを届けたいのです。この小さな活動を通して聖霊さまによって一人でも多くの方が救われること、それが私たちの願いです。皆さん、どうぞ覚えてお祈りください。感謝を込めて、すべての栄光を主にお返しします。」 スペイン語礼拝 主任牧師 盛小根シルビア
皆で祈っている大震災の執り成し
「3月11日に起きた東日本大震災のために」
今、わたしたちは、わたしたちの避けどころ、砦である神にとりなしの祈りを捧げ、
世界の、日本の、そして、現地で被災され苦難の中で神さまを仰ぎみている
多くのクリスチャンの祈りに合わせたいと思います。
■被災された方々のために
1. すべての人々に主が臨んでくださり、希望の福音に触れる機会を得させてくださいますように。
2. 被災された方々に主の慈しみが豊かにありますように。悲しみが慰められ、疲れが癒され、すべての必要が満たされますように。生きる希望と力が与えられますように。相変わらず続く余震で恐怖に怯える方々を守りお支えください。
3. 1万4817人の行方不明者(5/5現在)や届け出のない不明者が全員すみやかに捜し出されますように。
4. 亡くなられた1万0171人(5/5現在)の方のご遺族に主の慰めと支えがありますように。
5. 親や親戚などの身寄りをなくした子どもたちが、適切な保護とケアを受けられますように。すべての子どもたちに平安が与えられますように。
6. 出産・産後を安心して過ごす場所が与えられ、お母さんと新生児が守られますように。保護や介護が必要な方々に援助がありますように。
7. 被災された方々に必要な食べ物が届き、体力低下から守られますように。
8. 医師、看護師、薬、診療する場所などが充分に与えられ、誰もが必要な治療を受けることができますように。被災された方が困難な生活の中で、病気を悪化させることや、感染症から守られますように。
9. 被災された方々の心の傷が癒され、苦しみから解放されますように。特に子どもたちの心が守られますように。
10. ストレスが多く、不自由な避難所生活が支えられ、体の機能が低下することから守られますように。仮設住宅などに一日も早く移ることができますように。
11. 仕事を失ったり、仕事を続けるめどがたたなかったり、就職の機会を失ったりしている多くの方々に希望と見通しが与えられ、糧を得るための仕事や資金が備えられますように。
12. 被災地の方々の心と体と生活が様々な悪いものから守られますように。
13. 子どもたちが安心して学校生活を送ることができますように。先生たちが支えられますように。転校した子どもたちが、それぞれの地で温かく迎えられ、のびのびと学校生活を送ることができますように。
14. 被災地から各地へ避難・転居した方々の生活が守られ、平安が与えられますように。
15. 復興に向け、立ち上がった方、立ち上がろうとされている方に主の御力と光が注がれますように。
■救援活動にあたっておられる方々のために
16. 被災された方々に必要な支援を効率的に継続することができるよう、国や自治体が適切に機能しますように。
17. 救援・復旧・復興活動をする支援者が守られ、継続して支援者がおこされますように。
18. 行方不明の方々を捜し続けたり、亡くなった方々の搬送や埋葬にあたっている自衛隊、消防隊、海上保安庁、自治体関係者などの方々に、主の助け、慰め、支えがありますように。
■福島第一原子力発電所の対応のために
19. 原発事故が収束しますように。作業員が退避せず作業が進められるように、放射線の値が下がり、余震がおこりませんように。
20. 過酷な環境下で働く、福島第一原子力発電所の作業員の方々に主の助けがありますように。放射線管理がきちんと行われて被曝から守られますように。衛生状態が改善され、充分な食事と休息が得られ、交代要員が与えられますように。倒れた作業員が癒されますように。すべての作業員に適切な報酬が与えられますように。防護服を着ての作業の上に、暑さ対策の知恵が与えられますように。作業員の方々もご家族も日々支えられますように。
21. 原発事故に対応する政府・関係機関・東京電力の責任ある人たちの心身が主に支えられ、人の命の尊さを最大限に重んじますように。正しく、適切に対応する知恵と決断を神様が与えてくださいますように。
22. 放射性物質による大気、土壌、河川、海水への汚染がこれ以上広がりませんように。特に、高い濃度の放射性物質を含む水の流出が抑えられ、汚染水の処置が確実にできますように。
23. 放射性物質による汚染の影響を受けている農業や畜産、漁業関係の方々の生活が守られますように。人々が求めている正確な情報が適切に伝えられ、風評被害がしずまりますように。
24. 放射線の影響を受けやすい子どもたち、若い人々の未来が守られますように。
25. 立ち入り禁止(警戒区域)に指定された地域の方々の避難生活が守られますように。計画避難区域の方々を主が導いて、移転先や生活基盤が備えられますように。家に戻れる日が来ますように。家畜や田畑を手放す方々の苦しみや悲しみに主の癒しがありますように。
26. 被害を受けている方々に適切で充分な賠償や補償がすみやかに行なわれますように。
■クリスチャンとして
27. この震災を通して与えられた神様からのメッセージを私たち一人ひとりが受けとめ、悔い改め、新しくされて、共に担い、分かち合う歩みをしていくことができますように。日本の、世界のすべてのクリスチャンがこの震災のために、たゆみなく祈りを合わせていけますように。教会ならではの働き、クリスチャンとしての働きをし続けていくことができますように。
28. 支援のために働いているクリスチャンのチームや、超教派の支援連携の動き(声なき者の友の輪〈FVI〉・平キリスト福音教会〈グローバル・ミッション・チャペル:GMC〉・クラッシュジャパン・JCGIネットワーク・仙台キリスト教連合被災支援ネットワークなど)がますます祝され、その働きが充分に用いられますように。
29. 日本中会震災対策支援チーム(仮称)の働きが主に用いられますように。
30. 高座教会の「震災対応チーム」は平キリスト福音教会(グローバル・ミッション・チャペル:〈GMC〉)を通して現地の方々を支援する働きをしていきます。GMCやFVIなど現地との連絡、支援金や支援物資集めの窓口、またボランティア派遣など必要な支援の働きが導かれ、用いられますように。
31. 5月11日(水)の教会祈祷会でなされる震災ボランティアチーム第1陣の報告と証しが祝され、これからの働きのために用いられますように。
32. 被災した教会の牧師や教会員が、主により頼む中でさらに信仰が固く守られますように。散らされた教会員が、教会復興の希望を持ちながら、それぞれの与えられた場所で礼拝を守ることができますように。主による励ましが豊かにありますように。
33. 召されたクリスチャンの方々が他の宗旨で葬られることは耐え難いことです。クリスチャンとしての葬りの式を行うことができる教職者が与えられ、神の慰めと平安・希望がご遺族に与えられますように。
34. 諸教会の牧師が、この大災害による痛ましい状況の中で主の霊の力を受け、神様の御心を伝え、教会の群れを慰め、励ます御言葉を取りつぐことができますように。
35. 福島第一聖書バプテスト教会の教会員50名ほどの方々が佐藤彰先生と共に奥多摩福音の家に避難生活をされています。聖霊に満たされて福音を語られています。体調のすぐれない兄弟姉妹が支えられますように。日々、励ましと慰めの交わりが与えられますように。
11/4/30 Beantlesがやって来たよ、ヤアヤアヤア!
義理父召天す
同室のご夫婦が父と義理母の様子を見て、イエス様を信じ洗礼に導かれている。海外にいた多くの友人牧師や、父が定年後に開拓に出、そして献堂した台湾中部の田舎の教会員の皆さんも大勢駆けつけ、最後のお別れをすることができた。何よりも、相思相愛だった牧師夫人に悔いなく看取った最後の時を与えてくれたことだと思う。この父から私はイエス・キリストを紹介された。そしてその思い出が今でも、私の牧会の原点になっていると思う。親父さん。天国で会いましょう!→証しはこちら。http://shinichi70.blog.so-net.ne.jp/2011-04-05
カ執り成しの祈りチーム
声がでない!
そして翌々日の日曜日。11時からはジュニアチャーチのメッセージ。ここも無事(ちょっと声に兆候が)乗り切る。→http://shinichi60.blog.so-net.ne.jp/ ところが、終わった辺りから声がでない。まったくのザカリア状態。その時ボクは鮮やかにあの聖書の場面を思い出していた。出エジプト17:11だ。「モーセが手を上げている間、イスラエルは優勢になり、手を下ろすと、アマレクが優勢になった。」このとき戦っていたのはヨシュア。カナン入城を前に重要な戦い。でもそこには祈りがあったってことだ。それが手を挙げるモーセと、両横で手を支えるアロンとフル・・・そしてヨシュアは勝利する。結局、これって祈りの勝利なのね。手が下がるとヨシュアは不利になり、手を挙げると勝利する。すごいですね。祈りは大切だなあって、体験したわけです。あ、それから。モーセは一人じゃなかった。神は一人の祈りもきかれるけど、大きな戦いになれば大きな祈りが重要。「二人または三人がわたしの名によって集まるところには、わたしもその中にいるのである。」(マタイ18:20)ってあるぐらい。祈りのネットワーク。大切にしたいって思った。
2/18ノア会伝道集会「弟子の足を洗う」
ひかるが来た!
・・・なぜ10分か?って思うんでしょ。この10分ってけっこうウチの教会には大事なのね。というのも、隣の姉妹幼稚園が9時からなの。だから園児を送った、お母さんたちご父兄を待つ時間がこの「10分」。で、礼拝へ。オルガンの前奏からもうそこは二人とも礼拝。当たり前だわな(^_^;)。・・・・・・で礼拝が終わると、何人かの兄姉たちがsoraochanにご挨拶。聞くと、すぐにお仕事に飛び出すという。のでお交わりもそこそこにお別れタイム。でもなんだろう。soraochanのもつ魅力。とってもオシャレで、笑顔が素敵で、写真見ておわかりなように小さな小さなお顔(友だちは「信お前の顔がでかいだけだ」とも。。(^_^;))。でも分かれた後もなんか心に温かいものが残ってました。そういえばsoraochanって「ひかる」さんだったね。光が来たみたいな。卓さん、ひかるさんと、続けてつぶやき仲間と出会えるなんて、Twitterってすごいね。なんだか頭整理できないけど、確かに何かの可能性を感じますよね。また皆さん、近い将来、スチーブさんも言ってたけどどこかにリトリートしてオフ礼拝とかできれば最高ですね。信一
シニア伝道~いこいの部屋
ガール/ボーイ・スカウト合同旗揚げ式礼拝

そして、今日はどこからお話ししようかと祈り求めたところ、ブログに備忘録として載せた、「足君、耳君達の旅行」から、スカウト諸君の「体の一致」と、「弱いものこそ大切に」についてお話しをするよう導かれた。お話しの際は、とくにビーバー、カブ隊の小さな子どもたちが、耳君や足君、目君に共感持ったのだろう、最後まで熱心に、またよく笑いながら聴いてくれていたようだ。お母様方にも同様に届いたようだった。もちろんみんな震えながら(^_^;)。・・礼拝後は、旗揚げ式。そして、解散後は、お餅つき、ゲームと、楽しい時間をみんなで共にできた。
初めて言うけど心からサンキュー!美智!
Σ(っ゚Д゚;)っ。何かっていいますとね。それは"革ジャン"!ボクはもう昔から。そうね~~スティーブ・マックィーンの「大脱走」以来かな!ずっと、ずっと、ずっ~~と革ジャンがほしくてほしくて、仕方のない人だったんです。でも高くて買えない・・・みたいな。それで、このあいだトルコ旅行行ったとき、イスタンブールの街で見つけたのね、ずっとあの頃からイメージしてたとおりの色、ツヤ、デザイン、価格。(といっても今のボクにはまだまだ高すぎる!娘が言うには有名なブランドらしー。)それで、その前でジーート立って、マークィーンになって試着して、レート計算して。横にいたお姐さんに、いろいろと質問して・・・
よーし、と、「清水の舞台から飛び降りよう」って決心して、買うことにしたのね。そしたら娘が、やってきて、「パパ、それ感謝だから、買ってあげるよ。」って、さあっとあっちのレジの方へ・・・もうその瞬間は、お金とか、そういうことじゃなくて・・・なんていうか。HAPPY(*・▽・)/\(・▽・*)HAPPYみたいな。今でも、この革ジャン(ほんまモノの革って重いね)めっちゃ重いんだけど、家で仕事するとき、ひきづるようにして、ナデナデしながら着ています。オヤジのおそまつでしたっ!
ツイッター友と出会えたクリスマスの夜

お仕事が超多忙な上に、男で一つで家事育児をちゃんとこなすTさん(そう言うと、ご本人は即座に「っなことないです。」って謙そんしますが・・・)。それでいて、いつもつぶやきは自虐的ユーモア満載。そんなTさんの強敵(のはずの)HちゃんとT君。ところがあにはからずや、2人はとってもお利口さんの良い子(ツイッターで、しょっちゅうTさんブツブツつぶやきますが(^_^;)。もちろんそれもアガペの「愛」)。 そんなTさんfamilyが来てくれて、今年の賛美礼拝は特に思い出深いものとなりました。Tさんも私と同じクリスチャンです。いつもはご自分の教会で礼拝を守っておられます。23日はたまたま祝日だったのと、Tさん自身、夜も寝ないで(・・・朝寝て(^_^;))仕事片付け、なんとか今日に備えてくださったわけです。聖書にもあるけど、どこにいても同じ「天に国籍持つもの」どうし、神の家族。いいですよね。人って、ちょっと素直になって、心を開くと、いてでもこうやって神の家族が実現するんですよね!おかげで今日は、例年以上に、「天の国」を感じたクリスマスの夜になりました。ということで、ありがとうTさんfamily!そして神の家族のツィッター仲間!良きクリスマスを!
クリスマス礼拝~玉川聖学院高等部、礼拝説教奉仕
すべて時にかなって美しく!
・・・「わたしは幸せです。ただそれだけをお伝えしたくて。」
感動した。
今の時代確かに生きるのがつらい時代だけれども、インターネットの
おかげでこういうことが起こる。
でも、本当は、神さまの計画の時がその日だったってことだね。
なぜなら、そうなるよう祈ってたから。
聖書にこうある。

「天の下では、何事にも定まった時期があり、すべての営みには時がある。
生まれるのに時があり、死ぬのに時がある。植えるのに時があり、植えた物を引き抜くのに時がある。
殺すのに時があり、いやすのに時がある。くずすのに時があり、建てるのに時がある。
泣くのに時があり、ほほえむのに時がある。嘆くのに時があり、踊るのに時がある。・・・」まだ続く。
つまり私たちの人生のすべてには「時」がある。
そしてこの記者である伝道者は、こう言うのです。
「 神のなさることは、すべて時にかなって美しい。」(伝3:11a)
今日もうるわしい神さまの「時」を信じて祈りましょう!
信一
もう新年のご挨拶!?
時々少しだけ投稿させていただいているのですが、先日、「先生、また新年のご挨拶を書いてください」
って依頼されました。
まあ、分かってはいることですど、時の流れって速いですよね!
「♪時の流れに身をまかせ」ってひばりさん歌ってました。
私たちの場合は「♪イエス様に身をまかせ」ってとこですかね(^o^)丿・・・あっ突然どこからか鐘の音が(-_-;)
イスタンブールで・・・

そこで、こんな原稿を昨日(2010/11/16) お渡ししました。最近、定年間じかにして、つくづく考えさせられていることです。
もっともっともっと・・・ボクは「引き算の人生」を歩きたいって!そう思うんです。皆さんは足し算?引き算?
信一
ドバイとトルコとイスタンブールの旅(2010/10/24-31)
とくにエフェソの旅は最高でした。パウロが歩いた道を歩き、迫害を受けた場所で思い、遠くヨーロッパに馳せた情熱を、すこしだけあずかってきました。
それと今回の旅にはもう一つの大切な目的がありました。それは娘との関係、主にある家族としての関係の再構築です。娘とは、以前、証しにも証ししたように、かつてわたしの「的外れ」な「偶像崇拝」の時期に、ほとんど父娘としての関係性を失っていましたから、それ以来、こうやって二人でゆっくりと旅するのは、もう何年振りになるでしょうか・・・これまでの十数年の時間をとりもどす旅でした。旅の間、私の妻、娘の母のこと、互いの将来のこと、彼女の結婚観のこと・・・あれやこれや、いろいろ話し合いました。そしてそれぞれの人生を、責任持ってしっかり生きていこ、そんな確認ができました。感謝です。
今回あらためて思わされたことがあります。それは家族も、主にあって初めて本物の家族になれるし、結婚も主にあって初めて本物の結婚の道だし、なにより、一人ひとりの人生も主にあってこそなんだって・・・最後に、もう一度。トルコって本当いい国ですよ。シツコイ?>※写真アルバム
妻の記念日
そして、それから山あり谷ありで結婚。日本に帰国。そこからまた山あり谷ありで、苦労かけっぱなしで、結局、48の若さで、先に天に帰って行きました。あれから早いもので12年目にはいります。まさかボクが今、神学校卒業し、教会でご奉仕してるなんて・・・きっと妻も天国で驚き苦笑いしていることでしょう。当時17だった娘美智も、もう29歳。元気に(?)世界中飛び回ってるようです。最近、会うたびにママに似てきているので、父親としてなんか不思議な気がします(^_^;)。
◆妻召天がきっかけとなって









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